何を話したらいいか分からない日

「話したいことがあるわけじゃないんです」

そんな言葉を聞くことがあります。

そして私は、その気持ちがよく分かります。

なぜなら私自身にも、

何を話したいのか分からない日があるからです。

しんどい気もする。

でも何がしんどいのか分からない。

モヤモヤする。

でも理由がはっきりしない。

誰かと話したい気もする。

でも何を話せばいいのか分からない。

そんな日があります。

昔の私は、

そんな状態で誰かに話しかけることが苦手でした。

話す内容がないのに

連絡するのは迷惑かもしれない。

何を聞いてほしいのか説明できない。

相談するほどのことでもない。

そう思っていました。

だから一人で考える。

そしてまた考える。

答えが出ないまま考え続ける。

そんなことを繰り返していました。

でも今は思います。

何を話したらいいか分からない時こそ、

話してみてもいいのかもしれないと。

相談支援の仕事をしていた頃も、

最初は

「特に話すことはないんですけど」

と言いながら話し始める方がいました。

でも不思議なことに、

そういう時ほど大切な話になることがあります。

天気の話から始まることもあります。

最近の出来事の話から始まることもあります。

ペットの話。

テレビの話。

買い物の話。

そんな何気ない話です。

ところが話しているうちに、

少しずつ本音が見えてくることがあります。

「あ、私疲れていたんですね」

「本当は寂しかったのかもしれません」

「ずっと気になっていたことがあったんです」

そんな言葉が出てくることがあります。

私はその瞬間が好きです。

無理に掘り下げたわけではありません。

答えを探したわけでもありません。

ただ話していただけです。

それなのに、

心の奥にあったものが

少しずつ姿を見せてくれる。

そんなことがあります。

私自身も最近、

自分のこれからについて考えることがあります。

仕事のこと。

生活のこと。

将来のこと。

考え始めるといろいろ出てきます。

でも正直なところ、

何が一番気になっているのか

分からない時があります。

そんな時は、

無理に結論を出そうとしません。

まずは今感じていることを言葉にしてみます。

「何だか焦っているな」

「少し疲れているな」

「不安なんだな」

その程度です。

立派な気づきではありません。

でも、それで十分だと思っています。

何を話したらいいか分からない日というのは、

何もない日ではありません。

むしろ、

言葉になる前の気持ちが

たくさんある日なのかもしれません。

だから私は、

話す内容を準備しなくてもいいと思っています。

テーマがなくてもいい。

結論がなくてもいい。

まとまっていなくてもいい。

ただ今の自分を少しだけ言葉にしてみる。

それだけで十分です。

人は話しながら気づくことがあります。

話しながら整理されることがあります。

話しながら自分の本音に出会うことがあります。

だから、

何を話したらいいか分からない日は、

話してはいけない日ではありません。

むしろ、

自分の心の声を見つける

入り口の日なのかもしれません。

もし今、

何を話せばいいのか分からない。

でも誰かと話したい気がする。

そんな気持ちがあるなら、

その感覚を大切にしてみてください。

きっとその奥には、

まだ言葉になっていない

大切な気持ちがあるのだと思います。

話すのが苦手でも大丈夫

「話した方がいいのは分かるんですけど、

うまく話せないんです」

そんな言葉を聞くことがあります。

実は私は、この言葉がとてもよく分かります。

なぜなら、

私自身も決して話が上手なタイプではないからです。

人前で流れるように話せるわけでもないし、

自分の気持ちを

きれいに言葉にできるわけでもありません。

今でも、

「何て説明したらいいんだろう」

と考えることがあります。

だから私は、

話すのが苦手な人の気持ちが

少し分かる気がしています。

世の中には、

話すのが得意な人がいます。

思ったことをすぐ言葉にできる人。

気持ちを整理して説明できる人。

会話のキャッチボールが上手な人。

そんな人を見ると、

自分も

そうならなきゃいけない気がすることがあります。

でも本当は、

誰もが同じように話せるわけではありません。

考えながら話す人もいます。

言葉になるまで時間がかかる人もいます。

沈黙しながら少しずつ話す人もいます。

それでいいのだと思います。

相談支援の仕事をしていた時、

私はたくさんの沈黙に出会いました。

質問をしても返事がない。

何か考えている様子だけれど言葉にならない。

そんな時間があります。

でも私は、

その沈黙を悪いものだと思ったことはありません。

むしろ大切な時間だと思っています。

人は本当に大切なことほど、

すぐには言葉にならないことがあります。

自分でも何を感じているのか分からない。

どう表現したらいいのか分からない。

そんな時があります。

だから沈黙は、

考えていない時間ではなく、

自分の中を探している時間なのかもしれません。

私は昔、

「ちゃんと話さなきゃ」

と思っていました。

相手に伝わるように。

分かりやすく。

順番に。

でも実際には、

そんなふうに話せないこともたくさんありました。

途中で話が飛ぶ。

何を言いたかったのか分からなくなる。

別の話を始めてしまう。

そんなことばかりでした。

でも振り返ると、

それでもちゃんと伝わることがありました。

完璧な言葉じゃなくても、

気持ちは伝わることがあります。

むしろ、

うまく話そうとしない時の方が

本音が出ることもあります。

だから私は、

話すのが苦手な人に伝えたいのです。

うまく話そうとしなくて大丈夫。

整理できていなくて大丈夫。

途中で止まっても大丈夫。

何を言いたいのか分からなくなっても大丈夫。

話しながら考えても大丈夫。

泣いてしまっても大丈夫。

沈黙があっても大丈夫。

大切なのは、

上手に話すことではありません。

今の自分を少しだけ言葉にしてみることです。

私はこれまで、

「話すのが苦手なんです」

と言っていた人たちが、

少しずつ自分の言葉を

見つけていく姿をたくさん見てきました。

最初は短い言葉しか出なかった人が、

気づけば自分の気持ちを語っている。

そんな場面を何度も見てきました。

だから私は知っています。

話すのが苦手な人にも、

ちゃんと伝えたい思いがあることを。

そして、

その思いは急がなくてもいいことを。

もし今、

話したいけれど話せない。

聞いてほしいけれど言葉にならない。

そんな気持ちを抱えている人がいたら、

安心してください。

上手に話せなくても大丈夫です。

あなたのペースで、

あなたの言葉で。

それだけで十分なのだと思います。

アドバイスが欲しいわけじゃないとき

誰かに話を聞いてほしい。

そんな時があります。

でも不思議なことに、

話を聞いてほしいと思っている時ほど、

アドバイスがしんどく感じることがあります。

もちろんアドバイスが悪いわけではありません。

実際に助けられることもあります。

新しい視点をもらえることもあります。

行き詰まっていた状況が動き出すこともあります。

でも、

今はそうじゃないんだよな。

そんな時もあります。

私自身、そんな経験があります。

何かに悩んでいる時、

勇気を出して話したのに、

返ってきたのは正論ばかり。

「こうしたらいいやん」

「気にしすぎやで」

「考えすぎちゃう?」

相手は励まそうとしてくれている。

力になろうとしてくれている。

それも分かっています。

でも、その時の私は

答えが欲しかったわけではありませんでした。

ただ、

「しんどかったね」

と言ってほしかった。

「そんなふうに感じていたんやね」

と受け止めてほしかった。

それだけだったのです。

相談支援の仕事をしていた頃も、

同じような場面をたくさん見てきました。

人は意外と、

答えを持っていることがあります。

どうしたいのか。

何が嫌なのか。

本当は何を望んでいるのか。

心のどこかでは分かっていることがあります。

ただ、それを言葉にできない。

整理できない。

一人では見つけられない。

そんな状態のことがあります。

だから必要なのは、

新しい答えではなく、

自分の中にある答えを見つける時間だったりします。

話しているうちに、

「あ、私こう思っていたんだ」

と気づく。

「本当はこれが悲しかったんだ」

と気づく。

そんな瞬間があります。

私はその時間が好きです。

誰かを変えるわけではない。

正しい方向へ導くわけでもない。

ただその人が、

自分の気持ちに出会う時間です。

もちろん、

アドバイスが必要な時もあります。

知識が必要なこともあります。

具体的な方法を知りたい時もあります。

でも、

いつもそれが必要とは限りません。

時には、

ただ聞いてもらうだけで十分な日があります。

「分かるよ」

と言ってもらうだけで救われる日があります。

何も解決していないのに、

少し楽になる日があります。

それは弱さではありません。

人は理解されることで

安心する生き物なのだと思います。

安心すると、

固くなっていた心が少しゆるみます。

すると、

自分で考える力が戻ってきます。

前を向く力が戻ってきます。

だから私は、

話を聞く時に気をつけていることがあります。

すぐに答えを渡そうとしないこと。

すぐに解決しようとしないこと。

まずは、

その人がどんな景色を見ているのかを

知ろうとすることです。

もし今、

誰にも分かってもらえない気がしている人がいたら、

覚えていてほしいことがあります。

あなたが欲しいのは、

アドバイスではなく理解かもしれません。

そしてそれは、

決してわがままなことではありません。

人はまず理解されてから、

前へ進めることもあるのです。

相談じゃなくてもいい

「こんなことで話してもいいんですか?」

相談支援の仕事をしていた頃も、

よく聞かれた言葉です。

そして今でも、

この言葉を聞くたびに思います。

もちろんいいんですよ、と。

私たちはいつの間にか、

「相談するほどのことかどうか」

を考えるようになります。

もっと大変な人がいる。

こんなことで悩んでいるなんて恥ずかしい。

自分で解決できるはず。

これくらい我慢しなきゃ。

そんなふうに考えてしまうことがあります。

でも、人のしんどさに大きいも小さいも

ないのだと思います。

本人が苦しいなら苦しい。

本人が気になっているなら気になっている。

それだけで十分です。

私は昔から、

人の話を聞く仕事をしてきました。

その中で感じたのは、

人生を大きく変えるような悩みばかりが

人を苦しめるわけではないということでした。

むしろ日常の小さな違和感の方が、

じわじわと心を疲れさせることがあります。

なんとなく職場に行きたくない。

最近、人と話すのがしんどい。

やる気が出ない。

何をしても楽しくない。

このままでいいのかなと思う。

そんな言葉になりきらない感覚です。

でも、その小さな違和感を後回しにしていると、

いつの間にか大きな疲れになっていることがあります。

私自身もそうでした。

昔は、

「もっと大変になってから考えよう」

と思っていました。

まだ動ける。

まだ頑張れる。

まだ大丈夫。

そう言いながら過ごしていました。

でも振り返ると、

本当に必要だったのは、

大きな問題になる前に

立ち止まることだったのかもしれません。

小さな違和感に気づくこと。

少し疲れている自分を認めること。

何となく気になることを誰かに話してみること。

そういう時間だったのだと思います。

だから私は、

話す理由は何でもいいと思っています。

悩み相談じゃなくてもいい。

答えを探していなくてもいい。

ただ誰かに聞いてほしい日もあります。

なんとなくモヤモヤする日もあります。

うまく説明できない日もあります。

それでもいい。

むしろ私は、

そんな話の方が好きかもしれません。

人は話しているうちに、

自分でも気づいていなかった気持ちに

出会うことがあります。

最初は雑談だったのに、

気づけば大切な話になっていた。

そんなこともあります。

だから、

相談するほどじゃないからやめておこう。

そう思わなくていいのです。

人生は、

大きな出来事だけでできているわけではありません。

毎日の小さな出来事や、

小さな感情の積み重ねでできています。

そして、その小さなものこそ、

実は大切だったりします。

もし今、

「こんなこと話してもいいのかな」

と思っていることがあるなら、

私はこう言いたいです。

たぶん、その話には意味があります。

大したことないと思っていることほど、

実は心の奥にある本音に

つながっていることがあります。

だから無理に立派な相談を用意しなくても大丈夫。

まとまっていなくても大丈夫。

深刻じゃなくても大丈夫。

ただ今の自分の話をする。

そんな時間があってもいいのだと思っています。

話した後に起こること

私はこれまでたくさんの人のお話を聞いてきました。

そして、自分自身も

たくさんの人に話を聞いてもらってきました。

その中で思うことがあります。

話したからといって、

すぐに問題が解決するわけではない。

これは事実です。

仕事の悩みを話したからといって、

翌日職場環境が変わるわけではありません。

人間関係の悩みを話したからといって、

相手が変わるわけでもありません。

将来への不安を話したからといって、

未来が見えるようになるわけでもありません。

だから時々、

「話しても意味がない気がする」

と思う人もいます。

私もそう思ったことがあります。

でも今は少し違う見方をしています。

話した後に起こる変化は、

問題の解決ではなく、

自分の変化なのかもしれないと思うのです。

例えば、

話す前は頭の中がごちゃごちゃしていた。

何が不安なのかも分からなかった。

考えても考えても同じ場所をぐるぐる回っていた。

そんな状態だったのに、

話し終わった後には、

「今の自分はこう感じていたんだな」

と少し整理されていることがあります。

状況は何も変わっていません。

でも、自分の見え方が変わっているのです。

私はこれを何度も経験してきました。

一人で考えている時は、

頭の中にたくさんの声があります。

不安な声。

焦る声。

責める声。

期待する声。

諦める声。

いろんな声が一度に話しているような状態です。

だから何が本当の気持ちなのか分からなくなります。

でも言葉にして外へ出すと、

少しずつ整理されていきます。

話しているうちに、

「あれ、私が本当に気にしていたのはそこだったのか」

と気づくことがあります。

不思議ですが、そんな瞬間があります。

相談支援の仕事をしていた時も同じでした。

最初は深刻な表情だった方が、

帰る頃には少し

表情が柔らかくなっていることがあります。

問題が解決したわけではありません。

それでも何かが変わっている。

私はその変化をたくさん見てきました。

もちろん、話せば必ず楽になるとは言いません。

すぐにスッキリするわけでもありません。

むしろ話したことで

気づきたくなかった気持ちに気づくこともあります。

でも、それも大切な変化なのだと思います。

本当の気持ちに気づくこと。

今の自分の状態を知ること。

それは前に進むための土台になります。

私は最近、

話すことは整理することなのだと

思うようになりました。

答えを出すためではなく、

自分を知るために話す。

そんな時間があってもいい。

そう思っています。

もし今、

頭の中がごちゃごちゃしているなら、

すぐに解決しようとしなくてもいいかもしれません。

まずは話してみる。

ノートに書いてみる。

声に出してみる。

そうやって自分の言葉を外に出してみる。

すると少しずつ、

自分でも気づかなかった気持ちが

見えてくることがあります。

話した後に起こる変化は、

とても小さいかもしれません。

でも私は、その小さな変化こそが

大切なのだと思っています。

人生を大きく変えるような出来事ではなくても、

少しだけ肩の力が抜ける。

少しだけ呼吸が深くなる。

少しだけ自分に優しくなれる。

そんな変化が積み重なっていくのだと思うのです。

頑張り屋さんほど抱え込んでしまう

私はこれまでたくさんの人のお話を聞いてきました。

その中で感じることがあります。

本当にしんどそうな人ほど、

「大丈夫です」

と言うことが多いのです。

周りから見れば十分頑張っている。

休んだ方がいいように見える。

少し肩の力を抜いてもいいように見える。

それでも本人は、

「まだ大丈夫です」

「これくらい普通です」

「もっと大変な人もいますから」

と言います。

私はその言葉を聞くたびに、

昔の自分を思い出します。

私も同じだったからです。

しんどい時ほど頑張る。

不安な時ほど動く。

迷った時ほど何かを増やそうとする。

そんなクセがありました。

何か問題が起きたら、

自分が頑張ればいいと思っていました。

もっと努力すればいい。

もっと我慢すればいい。

もっと工夫すればいい。

そうやって乗り越えてきた経験もあります。

だからこそ、

「頑張る」が自分の得意技になっていました。

でも得意技は、

ときどき落とし穴にもなります。

頑張れる人は、頑張れてしまうのです。

本当は休んだ方がいい時でも。

本当は誰かに頼った方がいい時でも。

本当は立ち止まった方がいい時でも。

頑張れてしまう。

だから限界に気づくのが遅くなります。

私自身、

ここ数年でそのことを何度も感じました。

以前の私は、

「何かを始めなければ」

「収入を作らなければ」

「早く次の道を見つけなければ」

と考えていました。

もちろん現実的なことを考えるのは大切です。

でも当時の私は、

不安を感じるたびに

アクセルを踏もうとしていた気がします。

体は疲れている。

心も疲れている。

それなのに、

もっと頑張らなきゃと思っていました。

今振り返ると、

必要だったのは新しい行動ではなく、

自分の状態を認めることだったのかもしれません。

「疲れているな」

「不安なんだな」

「今は立ち止まる時期なんだな」

そう認めることです。

でも頑張り屋さんにとって、

それは意外と難しい。

なぜなら、

頑張らない自分に

価値がないように感じてしまうからです。

何かしていないと不安になる。

成果がないと焦る。

進んでいない気がする。

そんな気持ちになることがあります。

でも最近は思います。

頑張ることだけが前進ではない。

休むことも前進。

迷うことも前進。

考えることも前進。

何もしない時間も前進。

人生にはそんな時期があるのだと思います。

相談支援の仕事をしていた時、

私は多くの人が

「自分に厳しすぎる」ことを知りました。

他人には優しいのに、

自分には厳しい。

他人には休んでいいと言えるのに、

自分には言えない。

そんな人が本当にたくさんいました。

もしかすると、

この文章を読んでいる人の中にもいるかもしれません。

もしそうなら、

少しだけ自分に聞いてみてください。

今、本当に必要なのは頑張ることですか?

それとも休むことですか?

答えは人それぞれです。

でも少なくとも、

休むことは怠けることではありません。

立ち止まることは負けることではありません。

抱え込みすぎた荷物を少し下ろすことも、

人生には必要なのだと思います。

私もまだ練習中です。

でも以前より少しだけ、

頑張らない自分にも丸をつけられるようになりました。

だから今日も、

頑張りすぎている自分に気づいたら、

少しだけ肩の力を抜いてみようと思います。

自分の気持ちがわからないとき

「本当はどうしたいの?」

そう聞かれて、

答えに困ったことはありませんか。

私はあります。

むしろ人生の中で何度もありました。

昔の私は、自分の気持ちは

自分が一番分かっているものだと思っていました。

でも実際には、そうでもありませんでした。

仕事のこと。

人間関係のこと。

これからの生き方のこと。

考えても考えても答えが出ない時があります。

そして不思議なことに、

答えが出ない時ほど一生懸命考えます。

どうしたいんだろう。

何が正解なんだろう。

何を選べば後悔しないんだろう。

そんなことを何度も繰り返し考えます。

でも今振り返ると、

その時の私は「考えていた」けれど、

「感じていなかった」のかもしれません。

頭は忙しく働いている。

でも心の声は置き去りになっている。

そんな状態でした。

相談支援の仕事をしていた時も

同じような場面がありました。

「どうしたいか分からないんです」

という言葉をよく聞きました。

最初は不思議でした。

自分のことなのに

分からないなんてあるのだろうか、と。

でもたくさんの方のお話を聞く中で

気づいたことがあります。

人は頑張っている時ほど、

自分の気持ちが分からなくなることがあるのです。

周りの期待に応えようとする。

迷惑をかけないようにする。

ちゃんとしようとする。

頑張ろうとする。

そうしているうちに、

「私はどうしたいのか」

よりも、

「どうするべきか」

を優先するようになります。

すると少しずつ、

自分の気持ちが見えなくなっていきます。

私自身もそうでした。

長い間、

「何ができるか」

「何をしなければならないか」

ばかり考えていました。

でもある時、

「私は何がしたいんだろう」

と聞かれて答えられなかったことがあります。

その時、少し驚きました。

ずっと自分のことを考えていたつもりだったからです。

でも実際には、

自分の気持ちよりも

役割や責任ばかり見ていたのでした。

だから最近は、

答えを探す前に気持ちを探すようにしています。

これは意外と難しいことです。

「どうしたい?」

と聞かれても分からない。

そんな時は、

「何がしんどい?」

「何が嫌だった?」

「何をしている時が少し楽だった?」

そんな小さな問いから始めます。

すると少しずつ、

自分の気持ちが見えてくることがあります。

大きな答えは出なくてもいい。

まずは小さな気持ちに気づく。

私はそれが大切だと思っています。

嬉しかった。

悲しかった。

腹が立った。

寂しかった。

安心した。

そんな小さな感情を置き去りにしないこと。

それが自分を大切にすることに

つながるのかもしれません。

もし今、

自分がどうしたいのか

分からなくなっている人がいたら、

焦らなくて大丈夫です。

分からないのは、

あなたがおかしいからではありません。

たくさん考えて、

たくさん頑張って、

たくさん気を遣ってきた結果かもしれません。

そんな時は無理に答えを探さなくてもいい。

まずは今の気持ちを見つけてあげる。

その積み重ねの先に、

自分らしい答えが見えてくるのだと思います。

答えを急がなくてもいい

私は昔から、答えを急ぐ人でした。

何か問題が起きると、

「どうしたらいいんだろう」

と考え始めます。

そして答えが見つかるまで考え続ける。

できるだけ早く解決したい。

できるだけ早く安心したい。

そんな気持ちが強かったように思います。

でも人生には、

すぐに答えが出ないことがあります。

むしろ本当に大切なことほど、

簡単には答えが出ないのかもしれません。

仕事のこと。

人間関係のこと。

これからの生き方のこと。

家族のこと。

健康のこと。

どれも正解が一つではありません。

だからこそ悩みます。

私自身、

これからの働き方について考える時間が増えました。

今まで積み上げてきた経験をどう活かすのか。

新しいことに挑戦するのか。

それとも全く違う道を探すのか。

考えれば考えるほど分からなくなることがありました。

そんな時の私は、

「早く決めなければ」

と思っていました。

周りは進んでいるように見える。

誰かは新しい仕事を始めている。

誰かは収入を増やしている。

そんな姿を見ると焦ります。

自分だけが立ち止まっているように感じるのです。

でも、ある時ふと思いました。

本当に今、答えを出さなければいけないのだろうか。

もしかしたら私は、

答えが出ていないことに

焦っているだけなのかもしれない。

そう考えた時、少し肩の力が抜けました。

相談支援の仕事をしていた時も感じていました。

人は焦って出した答えより、

時間をかけてたどり着いた答えの方が

納得して進めることが多いのです。

もちろん例外もあります。

急いで決めなければならない場面もあります。

でも人生の方向性のような大きなテーマは、

考える時間そのものが必要なことがあります。

種を植えた翌日に花は咲きません。

土の中で見えない時間があります。

根を張る時間があります。

私たちはその時間を見ることができません。

でも確実に育っています。

人の心も少し似ている気がします。

迷っている時間。

考えている時間。

立ち止まっている時間。

一見すると何も進んでいないように

見えるかもしれません。

でもその時間があるからこそ、

後になって自分らしい答えが見つかることがあります。

私は最近、

「まだ分からない」

という状態を

以前より受け入れられるようになりました。

昔は苦手でした。

分からないことが不安でした。

でも今は、

分からないまま過ごす時間にも

意味があると思っています。

答えを出すことだけが前進ではありません。

問いを持ち続けることも前進です。

悩むことも前進です。

迷うことも前進です。

なぜなら、その問いと向き合っているからです。

もし今、

答えが出なくて苦しい人がいたら、

少しだけ思い出してほしいことがあります。

今すぐ決めなくてもいいことがある。

今すぐ答えを出さなくてもいい問いがある。

人生にはそんな時間もあるということです。

焦る気持ちがあるのは自然です。

不安になるのも自然です。

私も今でもそうです。

それでも、

答えが出ない自分を責めなくなった時、

少しだけ生きるのが楽になりました。

だから今日も、

無理に結論を出そうとしなくて大丈夫。

答えが見つかるまでの時間も、

人生の大切な一部なのだと思っています。

整理してから話さなくて大丈夫

「もう少し自分の中で整理できたら話します」

これまでたくさんの人のお話を聞いてきましたが、

この言葉を何度も耳にしてきました。

そして実は、私自身もよくそう思っていました。

ちゃんと整理してから話そう。

まとまってから相談しよう。

何が問題なのか分かってから聞いてもらおう。

そんなふうに考えていたのです。

でも今は思います。

整理してから話すのではなく、

話しながら整理されていくことの方が

多いのではないかと。

私たちは子どもの頃から、

「分かりやすく話しましょう」と教えられます。

順番に説明しましょう。

結論から話しましょう。

相手に伝わるように話しましょう。

もちろんそれは大切なことです。

仕事の場面では特に必要でしょう。

でも、

自分の気持ちを話す時まで

完璧である必要はないと思うのです。

なぜなら、

人の気持ちはそんなにきれいに

整理されていないからです。

嬉しい気持ちと

不安な気持ちが同時にあることもあります。

進みたい気持ちと

怖い気持ちが一緒にあることもあります。

辞めたいと思いながら続けたい気持ちもある。

そう考えると、

整理されていないのは当たり前なのかもしれません。

私自身、

これからの働き方について

考えていた時期がありました。

今までの仕事を続けるのか。

新しいことを始めるのか。

収入はどうするのか。

将来はどうなるのか。

頭の中にはたくさんの考えがありました。

でも、自分一人で考えていると、

どこから手をつけていいのか

分からなくなるのです。

考えているつもりなのに、

同じ場所をぐるぐる回っている感覚。

前に進んでいるのか

後ろに下がっているのかも分からない。

そんな時間がありました。

ところが不思議なことに、

誰かに話していると少しずつ整理されていくのです。

話し始めた時は全然違うテーマだったのに、

「そうか、私が本当に不安だったのはそこだったのか」

と気づくことがあります。

話しているうちに、

自分の言葉が自分の耳に届く。

そして初めて見えてくるものがあります。

相談支援の仕事をしていた時も同じでした。

最初は

「何を話していいか分かりません」と言っていた方が、

少しずつ言葉を重ねるうちに、

自分の気持ちに気づいていく。

私はその瞬間を何度も見てきました。

だから今は、

「まとまってなくても大丈夫ですよ」

と伝えたいのです。

話が飛んでも大丈夫。

同じ話を繰り返しても大丈夫。

途中で泣いてしまっても大丈夫。

沈黙があっても大丈夫。

うまく話せなくても大丈夫。

大切なのは、

上手に話すことではありません。

自分の中にあるものを少し外に出してみることです。

私は最近、

「整理するために話す」

という考え方が好きになりました。

整理してから話すのではない。

話すことで整理される。

この順番でもいいのだと思うのです。

もし今、

頭の中がごちゃごちゃしているなら、

無理にまとめようとしなくてもいいかもしれません。

ノートに書いてみる。

信頼できる人に話してみる。

独り言のように声に出してみる。

方法は何でも構いません。

大切なのは、一人で抱え続けないこと。

整理できない自分を責めないこと。

まとまらないままでも、

一歩を踏み出していいこと。

私はそう思っています。

そして、

そんなふうに少しずつ

言葉にしていく時間そのものが、

自分を大切にすることに

つながるのではないかと思うのです。

モヤモヤは悪者じゃない

モヤモヤする。

何だか気持ちが晴れない。

理由はよく分からないけれど、

心のどこかに引っかかるものがある。

そんな日があります。

私は昔、この「モヤモヤ」がとても苦手でした。

早く答えを出したい。

早くスッキリしたい。

何が問題なのかはっきりさせたい。

そう思っていました。

だからモヤモヤを感じると、

すぐに解決しようとしていました。

本を読んだり、情報を集めたり、人に相談したり。

とにかく何とかしようと必死でした。

でも今振り返ると、

その頃の私は

モヤモヤそのものと向き合う前に、

なくそうとしていたように思います。

最近、

自分自身の生活や

働き方について考える時間が増えました。

これからどんな仕事をしていくのか。

どんな生き方をしていきたいのか。

収入のこと。

将来のこと。

考えなければいけないことはたくさんあります。

でも正直に言うと、すぐに答えは出ませんでした。

何か新しいことを始めた方がいいのか。

今までの経験を活かした方がいいのか。

全く違う道を探した方がいいのか。

考えれば考えるほど分からなくなっていきました。

そんな時、

私は自分にこう言い聞かせるようになりました。

「今は答えが出ない時期なのかもしれない」

と。

すると少し気持ちが楽になりました。

モヤモヤしているということは、

何も考えていないということではありません。

むしろ真剣に考えているからこそ、

すぐには答えが出ないこともあります。

人生の大きな選択ほど、

簡単には決められないものです。

私は相談支援の仕事をしていた頃、

多くの方のお話を聞いてきました。

その中で感じたことがあります。

人は本当に大切なことほど、

すぐには言葉にならないということです。

最初は漠然とした不安として現れます。

何となくしんどい。

何となく違和感がある。

何となくこのままではない気がする。

そんな曖昧な感覚から始まることが多いのです。

そして話しているうちに、

「本当はこういうことだったのかもしれません」

と少しずつ輪郭が見えてきます。

だから私は今、

モヤモヤを以前ほど嫌わなくなりました。

もちろん苦しいです。

早く抜け出したいと思います。

でもモヤモヤは悪者ではありません。

自分の心が送っているサインなのかもしれない。

今まで見過ごしていた気持ちに

気づくための時間なのかもしれない。

そう思うようになりました。

もし今、

この文章を読んでいる方の中に

モヤモヤを抱えている人がいたら、

無理に消そうとしなくてもいいかもしれません。

今すぐ答えを出さなくてもいい。

今すぐ決めなくてもいい。

まずは「

私は今モヤモヤしているんだな」

と認めてあげる。

そこから始めてもいいと思うのです。

モヤモヤは決して敵ではありません。

もしかすると、

新しい自分に出会うための入り口なのかもしれません。

私自身もまだ、その途中にいます。