相談じゃなくてもいい

「こんなことで話してもいいんですか?」

相談支援の仕事をしていた頃も、

よく聞かれた言葉です。

そして今でも、

この言葉を聞くたびに思います。

もちろんいいんですよ、と。

私たちはいつの間にか、

「相談するほどのことかどうか」

を考えるようになります。

もっと大変な人がいる。

こんなことで悩んでいるなんて恥ずかしい。

自分で解決できるはず。

これくらい我慢しなきゃ。

そんなふうに考えてしまうことがあります。

でも、人のしんどさに大きいも小さいも

ないのだと思います。

本人が苦しいなら苦しい。

本人が気になっているなら気になっている。

それだけで十分です。

私は昔から、

人の話を聞く仕事をしてきました。

その中で感じたのは、

人生を大きく変えるような悩みばかりが

人を苦しめるわけではないということでした。

むしろ日常の小さな違和感の方が、

じわじわと心を疲れさせることがあります。

なんとなく職場に行きたくない。

最近、人と話すのがしんどい。

やる気が出ない。

何をしても楽しくない。

このままでいいのかなと思う。

そんな言葉になりきらない感覚です。

でも、その小さな違和感を後回しにしていると、

いつの間にか大きな疲れになっていることがあります。

私自身もそうでした。

昔は、

「もっと大変になってから考えよう」

と思っていました。

まだ動ける。

まだ頑張れる。

まだ大丈夫。

そう言いながら過ごしていました。

でも振り返ると、

本当に必要だったのは、

大きな問題になる前に

立ち止まることだったのかもしれません。

小さな違和感に気づくこと。

少し疲れている自分を認めること。

何となく気になることを誰かに話してみること。

そういう時間だったのだと思います。

だから私は、

話す理由は何でもいいと思っています。

悩み相談じゃなくてもいい。

答えを探していなくてもいい。

ただ誰かに聞いてほしい日もあります。

なんとなくモヤモヤする日もあります。

うまく説明できない日もあります。

それでもいい。

むしろ私は、

そんな話の方が好きかもしれません。

人は話しているうちに、

自分でも気づいていなかった気持ちに

出会うことがあります。

最初は雑談だったのに、

気づけば大切な話になっていた。

そんなこともあります。

だから、

相談するほどじゃないからやめておこう。

そう思わなくていいのです。

人生は、

大きな出来事だけでできているわけではありません。

毎日の小さな出来事や、

小さな感情の積み重ねでできています。

そして、その小さなものこそ、

実は大切だったりします。

もし今、

「こんなこと話してもいいのかな」

と思っていることがあるなら、

私はこう言いたいです。

たぶん、その話には意味があります。

大したことないと思っていることほど、

実は心の奥にある本音に

つながっていることがあります。

だから無理に立派な相談を用意しなくても大丈夫。

まとまっていなくても大丈夫。

深刻じゃなくても大丈夫。

ただ今の自分の話をする。

そんな時間があってもいいのだと思っています。

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